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英語発音の苦労と失敗談(2) 【フルブライト留学関連-5-】 [フルブライト留学関連]

英語発音の苦労と失敗談(2) 【フルブライト留学関連-5-】
こうして始まった留学生活だが、授業は工学部だったので、数式が理解できれば英語での説明は少々分からなくても理解できる、答案を書くときにも数学で"∴"と書けば「したがって」、"∵"で「何故ならば」と世界共通の数学用語で、余り英語では不自由しなかった。ただし当時もてはやされ始めたOR(Operations Research)だけは毎回当時世界的に草分けとして有名な教授から自著の教科書の40~50頁を毎回読む課題があって大変だった。
しかし日常生活では悪戦苦闘した。まずアクセントの場所を間違えると驚くほど全く通じない。とくに地名などはそうだ。一年経ってもそれは続いて、2年目で初めての夏休みに入りRochester にある計器会社での実習を思い立った。鉄道で行くことにして、駅の切符売り場で「Rochesterまで片道1枚」といった。すると駅員が「どこまで」と聞き返す。アクセントが問題なのだと察して4~5回ほどアクセントをあれこれ変え繰り返して通じない。「ニューヨーク州の大きな都市の名前だ」といっても「そんな都市はない」との返事。困り果てて最後の手段とばかり"Rochester, N.Y."と書いて示したら「Oh! Rochester"」との答え。今度はこちらが驚いた。なんとアクセントが思いもよらなかった最初の「ロ」の所にあり、Rの音がK のような破裂音に近く、「ハッ チェスタ」と聞こえるほどだった。それを真似て発音すると「何故最初からそう言わぬ」とばかり直ぐに切符をよこした。NY州の大都市といえば想像してくれても良さそうなものだと思ったが、朝鮮事変のとき佐世保の街中にあふれるほど集結したアメリカ兵に「セースボ・ステーションはどこ」と聞かれたり、また、そののち東京の山手線車内で「これはケブクーロを通るか」と聞かれそれが「池袋」だと思い到るのに数回は聞き直したのを思い出してどうやら納得できた。
ついでに関連してもう一つ思い出すと、夏休み期間に学会が開催されたシカゴで、東大の磯部教授とご一緒した翌日、夕食で同席した私の指導教授に「磯部教授が宜しく言っていました」と伝えたところ「イーソベ?そんな人は知らない」との返事である。「昨日会った教授ですよ」「いや、そんな人には会ってない」という。「夕食の時に横に座っていた人ですよ」「??ああ、プロフェッサー アイソビーのことか」(とっさにIsobeのisoはisotope のiso、beはbe動詞と同じだ。Isobe と書けば「アイソビー」と発音するのが当然?
以降、地名の発音時には音節(syllable)ごとに最初から順次アクセントを変えて発音して相手の反応で正解を探ることにした。ワシントンではポトーマックは二音節目にあるから簡単だったが、ナイアガラの場合は三回目で正解の「ナイアーガラ」に到達できた。逆にアメリカ人にとってアクセントなしで読むことは非常に難しいようで、「セースボー」 「ケブクーロ」の発音も許せる気がした。 そもそも日本語をローマ字綴りで表現するのが無理な話。日系二世のハワイ出身上院議員のダニエル・イノウエが"Inouye"と表記する理由が分かった。いまはともかく留学時代には"Inoue" だと私の経験では「アイニュイ」、「イーニュー」かせいぜい「インドゥー」と呼ばれるのを覚悟し、それに近い発音・
アクセントの名前が呼ばれたら一応自分のことかと思えるようになった頃に留学が終わった。「ギョエテとはわれのことかとゲーテ言い」。英語の発音の話がいつの間にか日本語ローマ字読みの苦労話になってしまった。

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