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英語発音の苦労と失敗談(1) 【フルライト留学関連-4-】 [フルブライト留学関連]

英語発音の苦労と失敗談(1) 【フルライト留学関連-4-】
外国語の発音は若い時にその国で少し生活し、直面した場の言い方を真似して覚えれば簡単学習できると思う。しかし、自費留学は法律・経済上で不可能だった当時(1958年)は、八幡近郊には英会話学校はなく、またテープレコーダーも存在せず、英語のヒアリングは英語の駐留軍向けニュースを聞くのがやっとで発音練習は自己流だった。これから述べる失敗談や苦労話は、海外でのホームステイや旅行が自由でテレビも英語付きで見られるいまの若い人には、想像ができない時代のことと承知願いたい。
やっと太平洋と大陸を客船と列車で横断した後、大学院の9月新学期開始に備えて、全米で6箇所の大学に設置されたOrientation Centerの合宿で、6週間にわたり世界各国からの留学生向けの英(米)語およびアメリカの文化や生活習慣などを学んだ。
最初に、英語の文法・読解力・英作文・発音別に能力別クラス分けテストがあった。日本からの留学生は4名とも文法では90点代で授業免除になり、発音では私も含め最下級となった。その際、インド留学生の一人が特有の巻き舌風の発音で「自分は英語のnative speakerでいままで何不自由したことがない。その私に発音練習をせよとは無礼だ」とすごい早口で抗議した。先生は「貴方の母国ではそうだろうが、アメリカでの発音は少し違うのでそれに慣れる意味で・・・」と答えたが、「私のが正しい英語で、いまさら米国なまりになるなど真っ平だ」と受講拒否したのにはその自信のほどと剣幕とには驚いた。
発音クラスには日本人の他にスペイン人数人などがいた。 日本人共通の悩みは、R とLの区別であった。最初の時間のこと、先生が後方からの、私達には「ライト」としか聞こえない声に、それがrightなら左腕を、lightなら右腕を上げよという。自信のない私たちが右や左と手旗信号宜しく上げ下げする様を見て「どうして分からないの?」と他のクラスメイトからの失笑を買う。その一幕が何とか終わると今度は先生が "speak" といえという。何故?といぶかりながら発音すると、どうしても "espeak"としかいえない一団がいる。見るとスペイン人達だ。今度は我々が「どうしてエが付くの」と笑う番だ。スペイン語では "espania" のように語頭のsが必ずesとなるらしい。この授業のおかげで私の発音も少しは米語らしくなってきたと思った頃、カンサス郊外にホームステイすることとなった。そこのLaurelいう3歳くらいの女の子がいた。この発音でこそ練習を重ねた成果が出せると、細心の留意で彼女に呼びかけたが、その度ごとに、彼女は両親とは違い情け容赦なく "no" とRとLの区別を10回ほども訂正させられたのには参った。やっとそれに"Ok"が出て安心・油断をし、ふと庭をにると隣人が芝生を機械で刈り始めている。それをガラス戸越しに見て「芝は機機でカットするのだ」といったら"No, with diamod"と返事が来た。いくら金持ちのアメリカでも芝をカットするのにダイアモンドを使うとは?? そこで、はっとgrass(芝)のつもりがglass(ガラス)ととられたのだと気づき、注意して発音し直すとRaurelの件での苦闘を見ていた両親も気づいたらしく爆笑となった。常に細心の留意が必要だ!!。 ついでに「芝」はgrassでなくlawn(またR とLの区別に細心の留意)は「芝を刈る」にはcutは使わずmow、「芝刈り機」はlawn-mowerというと聞き、日常生活単語を体得すると同時に当時の日本家屋と庭園では珍しかった彼らの芝生文化の一端を感じた。
朗読のレッスンでは、エドガー・アラン・ポーの詩Annabel Leeを先生が毎回幾つかのフレーズに分けて美しい抑揚で朗読されるのを聞いてはそれを真似て朗読した。また、先生の朗読が入った大きなテープリールを自習室の初めて見たテープレコーダで再現できたときはその便利な文明の利器に感激した。確かにそれを使って何回も繰り返し先生の朗読を聞くことができ微妙な発音・抑揚の真似が納得がいくまで学習でき、文明の利器のありがたさをつくづくと感じた。

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